学校に行けるようになった体験談

『不登校と言葉にすると問題があるように思われるけど、皆生きてる。』と前回のブログでお伝えしましたが、本当にそう思います。

皆自分の人生のなかで立ち止まるときがあって良いと思いますけど休憩という事をして『さーこれからどう生きていこうかな?』

と立ち止まって考えることも必要だと思います。

知人は以前に起立性調節障害になった子を自宅で預かったことがあるそうです。

その子の家庭は両親共働き。
二人兄弟。スポーツをやられてたそうです。 

突然朝お腹が痛くなりトイレから出れなくなったそうです。


それが1週間続き、朝になると起きれなくなったそうです。


昼間は元気だから、お母さんとしては学校に行ってほしい・・・と、

 

学校の担任と管理職と養護教諭と話し合ったそうですが、うまく学校に行くタイミングが合わず、1ヶ月が経とうとしてたときに、知人が相談受けたそうです。


知人は当時、長年PTAに関わっていたので管理職とも色々な動きをしてきたそうです。


その一つが不登校の子の居場所作りだったそうです。

すぐに管理職に話をして、その子の性格や行動や短所、長所を話し合い、まずは教室に入るのではなく、管理職のお手伝いってことで学校に来てもらおう。

学校以外は?お母さんは仕事なので、知人が学校に送り迎えをして学校が終わったら知人の自宅に帰ってくる。

 

皆で一緒に宿題をする。

 

夕飯を一緒に食べる。

 

一緒にテレビゲームをする。

 

何でも(お風呂以外)一緒に時間を共にしたそうです。

 

お母さんが仕事が終わると迎えに来る時間まで。

 

そして学校に行っても帰りたいと言ったらすぐに迎えにいったそうです。

 

そんな生活を1ヶ月続けていたら。その子は『もう充電できた、○○のママありがとう。ご飯美味しかった。

 

すげー作る量多いから太っちゃったよ。

 

でもこれから沢山頑張れる。サンキュー』と笑顔で自宅に帰って行ったそうです。

 


知人は

 

子供は1人で育てることではない。

 

皆で育てていけば良い。

 

抱え込むことはしなくて良い。

 

話を聞いてくれる人や協力してくれる人。

 

見つけて皆で支えていけば良い。

と仰ってました。


近所のおばちゃんって私が小さいときはいて、家にはいれないときや親に怒られたときやトイレに間に合わないときによくお世話になった。

 

今は近所のおばちゃんっていう存在が居ないように感じる。

 

私はおばちゃんによくいろんな事を相談してた。

 

ただ、私は近所のおばちゃんなんだよ。

人は人と生きていく

この文面が必要な人に必要な時期に届きますように・・・